宮崎県内すべての市町村をめぐっている、宮崎大好き、ゆっこです。
毎日、熱戦が繰り広げられている「東京2020オリンピック」。SNSでは、選手村の部屋や食堂のことも話題に上っています。
1964年の東京オリンピックのときも選手村が造られました。その選手村の食堂前にあり、選手たちに癒しの音楽を届けていたスピーカー。なんと宮崎で今も見ることができるのです!
でも、なぜ宮崎に? その理由は、オリンピック選手村食堂を設計した建築家との縁と、地元有力者の協力にありました。
都城市総合文化ホールで発見!

スピーカーは現在、宮崎県都城市の都城市総合文化ホール(MJ)大階段下に設置されています。石で造られたスピーカーで、台座も含めると2m50cmぐらいあります。まるで石碑のようです。
これがスピーカー?と不思議に思いますが、上の石の下側にスピーカーが組み込まれ、石の内部で音を響かせていたそうです。屋外彫刻と照明も兼ねていました。
なぜ、都城にあるの?

このスピーカーは東京オリンピックの後、1966年に造られた「都城市民会館」の庭園に設置されていました。ギザギザの屋根が強烈なインパクトを残す建物です。
都城市民会館の設計者は、日本を代表する建築家の一人、菊竹清訓(きよのり)さん(1928-2011)。菊竹さんはオリンピックの選手村食堂の設計者でもありました。その縁で、宮崎県都城市に完成する新しい会館に設置されることになったのでした。
そして、オリンピック組織委員会から譲渡されたスピーカーを寄贈し、設置に協力したのは、都城島津家28代当主・島津久厚さんでした。
都城でも使われていたの?

都城市民会館の開館当初は、このスピーカーからホールの催しの音を流していたとか。
ストーンスピーカーと呼ばれ、庭園には噴水があり、夜はライトアップもされていたそうです。かつてはたくさんの市民が集う、憩いの場でした。
市民会館の解体に伴い、現在の場所へ

都城市民会館は、2020年3月に解体されました。庭園を彩っていたスピーカーを次世代に残そうと、新しいホールのある現在の場所に移設され、案内板も設置されています。
都城市総合文化ホールは、「東京2020オリンピック聖火リレー・宮崎県」の都城市到着地にもなりました。
選手村食堂で流れていた曲はこちら
1964年東京オリンピックの選手村食堂では、このスピーカーからどんな曲が流れていたのでしょうか? 朝日新聞のサイトで紹介されています。

サヌカイトという香川県産の石の音から作られた曲。選手たちがゆったりとこの曲を聴きながら、にぎやかに食事をしていたのかなぁと想像しますね。現在のオリンピック選手村では、どんな曲が流れているのかも気になります。
ストーンスピーカーに逢いに行ってみてください!

1964年東京オリンピック選手村で選手たちを癒やしていたストーンスピーカーは、多くのご縁と協力があって、宮崎県都城市に届いたものでした。これからも末永く大切にしていきたいですね。
皆さん、ぜひ、このストーンスピーカーに逢いに行ってみてください!
